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何たる歴史的資料!! 「祖父の硫黄島戦闘体験記」を読んで
注:最新の亀田問題の記事で亀田関連のニュースにTBをかけたつもりが、この記事でかけてしまいました。タブブラウザで2つの記事の編集ページを開いていたことが原因でした。亀田関連ニュースからこられた方、申し訳ありません。本来TBしたかった記事は以下です。
亀田の処分は甘いがでもそんなの関係ねえ




あるブログの過去ログに、私も観た昨夏のクリント・イーストウッド監督の映画「硫黄島からの手紙」に寄せた記事があり、映画では描かれていない硫黄島戦のエピソードが書かれていた。
例えば・・・

COLKID プチ日記(コメント欄から引用)
自国の怪我人の収容が満杯になって、日本軍の捕虜は殺した。
島は死体が多すぎて片付けられないので、その上にアスファルトを直接かぶせて埋めてしまい、飛行場にした。
臭いが凄いのでそれを消すために種をいっぱい撒いて、それで今は多少植物が生えている・・・

これを読んで改めて「米国では史上最悪の激戦地と言われ」るこの戦いに興味を持ち、グーグルで「硫黄島」を検索すると4番目に出て来たサイトに目が止まった。


「祖父の硫黄島戦闘体験記」



リンクを開くと、引き込まれるように一気に読んでしまった。

硫黄島戦に参戦した2万もの日本兵の中から僅か千人と言われる生還者の中の一人、元陸軍工兵伍長・勲八等・高橋利春さん(故人)の硫黄島戦の手記である。

これは戦争の悲惨さを後世に伝えるという意味において大袈裟ではなく人類の宝であり、極めて貴重な記録である。
筆致は冷静で具体的。しかしここぞという時は短く自分の感情も書かれていて、それが読む者の胸をえぐる。
この拙文を読むより、全ての人にすぐ後に張るリンク先に飛んで欲しいが、その気にならない人の為に前半部分から数箇所引用してみる。



「祖父の硫黄島戦闘体験記」 からの引用


想像を超えた変死体

全員死んでいる。探してみると、あちらにもこちらにも散り土にまみれて居る者、半分埋まっている者足や手のないもの沢山だ。歩兵も沢山来た。死体を数えてみると一人足らん。探すうち、はるか遠く飛ばされて下半身を土に埋められすわっている。よく見ると頭がない。頭の頂上の皮が破れて頭がい骨が全くない。皮には目も鼻も耳もついている。こんな死に方は見た事がない。


硫黄島の悲惨な風土

野原も海面も湯気が立っている。海水は湯になっている。その箇所は魚も寄り付かない。地面はどこにすわっても尻があつい。湯気のところへ飯盒を埋めておくと飯が出来る。


飢え

兵は腹がへるので米を盗んで生のまま握ってかじる。それが非常にうまい。見付かったら銃殺せられる。軍法会議も何もない。刑は直ちに執行せられるのだ。恐ろしい事だ。


クラスター爆弾の凄まじい威力

敵は兵がいないので親子弾を落して逃げた。この爆弾は恐ろしい奴だ。1発が10発になり、10発は数千発に砕けて飛び散る。100メートル四方の生物は必ず死ぬという奴だ。飛び散る鉄片のウナリは物すごい。私等はこんなのは初めてである。もう少し見付けるのがおそかったら…。われらは岩にかくれて助かった。全員死ぬところであった。私が早く見付けて岩のかげにかくしたので全員助かった。


嫌な上官の末路

工藤という軍曹が居った。彼は兵を情け容赦なくこき使う。上官の命は天皇の命だと言う。兵はよく思わないがやむを得ず従っている。彼は病気になった。岩のかげに寝ていた。軍医も居らぬ南洋の島で、誰にも看取られず淋しく死んだ。その場に埋められた。悪いことをすると罰があたるという。本当だ。


海を覆いつくす軍艦

昭和20年2月18日、私は目が覚めた。穴の外に出て海上を見て驚いた。平常驚かない私であるが、この時ばかりは驚いた。海面いっぱい敵の軍艦である。島は完全に包囲されている。恐れていたものが遂に来た。私は生まれてこれほど多い軍艦を見た事がない、聞いた事もない。


大地震

島に向けていた40センチ砲以下一斉に火を吹いた。島には大地震が起こった。火柱は天に届くと思われるようだ。黒煙は島を覆う、鉄片はウナリを生じて四散する。直径1メートルもあるラワンの大木も根の方が上になってふっ飛ぶ。轟音は雷が100も200も一度に落ちたような物すごさである。地下30メートルの穴の中でも身体が飛上る。正にこの世の地獄となった。


などなど。
印象深いシーンを上げていけばキリがない。目の前で戦友が死ぬシーンなど何度も出て来る。
絶対絶命のピンチを何度も高橋さんが切り抜けるさまは、もしフィクションだったら「ご都合主義」と批判されること間違いないというくらい彼の図抜けた強運を感じさせる。
また最後に出てくる、紆余曲折を得て日本に生還したものの硫黄島で受けた傷のせいで死線を彷徨ったときに彼が見た夢。
そして、それが正夢と知ることになる一通の手紙・・・・。
高橋さんはその下りさえ淡々と書かれているが、



壮絶な不幸がそこにある。



皆さん、この「祖父の硫黄島戦闘体験記」を最後まで読んでほしい。
そして願うなら、戦争に反対する心を強く持ってほしいと思う。
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by bra-net | 2007-10-14 20:16 | 雑記
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