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いったいやつはどこへいくんだ? 7
1      からのつづき。



 アクセルを閉じ、両股でガソリンタンクをはさみ、ブレーキペダルを踏み、ブレーキレバーを握り、クラッチレバーを握り、アクセルをいちど煽り、チェンジペダルを踏み、ギアを3速から2速に落とし、クラッチレバーをゆっくり離し、ブレーキレバーをゆっくり離し始め、腕から力を抜き、イン側の尻に体重を移動させ、コーナーのイン側ななめ前方に肩をいれ、アウト側の太ももでタンクを押し、イン側の尻でフレームをとおして伝わるタイヤからのトラクションを感じ、ブレーキレバーを完全に離し、的確にクリッピングポイントで向きをかえ、ブレーキペダルを離し、アクセルを探るように開けると同時にかるくクラッチレバーを握りクラッチを滑らせ、体重を前方に移動させ、さらにアクセルを開け、前を走る 『 Honda Fire Blade 』 を抜き去る。
 58馬力のクラシックスタイルのバイクで150馬力の世界最高クラスのスポーツバイクを抜けばそれで充分だろう。もちろん、下りの峠道だからこそ出来ることだが。

 晴天が続いている。高速を降り、バイク乗りの間で有名な峠を走っている。
 黒いアスファルト、黄色いセンターライン、白いガードレール、緑の木立ち、山の稜線に張りつく青い空。
 すべては色としてだけ認識される。
 走ること以外の思考を許さない世界。
 いや、走ることへの思考をも許されない世界 ・・・・ 速度領域。
 速く走りたいという本能と瞬間瞬間を判断するそれまでのスキルを記憶した運動神経。
 『 Fire Blade 』 との距離はコーナーをクリアするたびに離れていく。

 パーキングにはいる。
 自動販売機でコーヒーを買い、携帯を取り出す。
 彼女からの新たなメールが数件はいっている。開けようかと一瞬考えたが思いとどまり、携帯を閉じる。
 煙草を取りだし火を点ける。
 仕事が軌道に乗ったら、長い休みをとり、鯨を撮りにいこう。
 おれはいつしか水中を泳ぐ鯨を撮りたいと思うようになっていた。いそがしい仕事の合間をぬって鯨に関する資料にあたることが今の楽しみとなっている。スタジオのデスクのうえにはその手の本が並んでいて、クライアントである若い女たちがそのことを話題にするのでちょうどいい潤滑油にもなっている。

 そろそろダイビングを習いに行かねばな。
 煙草の吸殻を空になったコーヒーの缶のなかへ落す。



つづく (完結編へ)

by bra-net | 2004-05-27 15:07 | 小説、詩 | Comments(0)
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