ある朝おれはバイクで旅立つ。誰もがあたりまえと思いさして問題にもしない大渋滞を抜けたところで五月の澄んだ青空が広がる。
ここで女と落合う筈なのだが、約束の時間に来ない。携帯から携帯に電話するが繋がらない。「 電波の届かない地域にいるか電源が ・・・・・ 」
リアシートに括付けた彼女用のヘルメットを一瞥し、嫌気が注す。
高速を走ってる。120キロ巡航。澄みわたる青空。長い直線。前に車はない。ギアを5速から4速におとし、右手でアクセルを一杯に開ける。
190キロ。右足で5速にチェンジペダルをかき上げる。いけ、200キロ。
と、ここでおれは創作の手を止める。
いったい何をおれは書きたいのだ?
きっと、心のどこかでわかってる。
そんなものなどないのだ。
おれは音楽をつくり、それをうたう。そのときにこそ真剣を抜く。散文や小説などでは抜けない。いや、抜けば音楽の女神ミューズの嫉妬を買う。
音楽にハマり、帰ってこれない奴等がいる。
BAR で音楽への妄想をかたり、アルコールにおぼれ、妻子は路頭にまよう。
ジミー・ヘンドリックスを崇拝し、下手なバンドをつくっては解散をくりかえす。
何がかれらをそうさせるのか、わかるかな?
真剣を抜きたいからだ。
たとえサビてほとんど使い物にならなくても。
生きていてほかに真剣を抜くときがあるか?
自分の命をさし出せるときがあるか?
かれらは真剣を抜きふりまわす快感から一生のがれられない。
そして巨大な鯨に飲み込まれその巨大な胃袋に消化され跡形もなく消えていく。
鯨は大きな溜息をひとつ空に吐き出し、水平線へと泳ぎ去る。
海はいつものように青い光を反射する。
つづく